葬儀はほとんどの人が一度は経験する儀式だと思います。今回はその葬儀の最前線で実際に仕事をされている佐藤信顕さんの書いた『遺体と火葬のほんとうの話』という本を取り上げます。
私自身も葬儀の花の仕事をしていることもあって、この本を手に取ってみたのですが、普段は見られない葬儀屋さんや火葬士さんの仕事の裏側や考え方が知れる貴重な内容でした。
基本的には各章のテーマに沿って、一問一答形式で火葬や遺体、他にも幽霊、自殺、就職相談など、さまざまな質問や相談に著者が答えていくというように進むので、あまり堅苦しくなくエッセイのような感覚で読みやすいです。
専門用語も出てきますが、わかりやすく説明が付け加えられているので詰まることもなく読んでいけます。
どんな人にオススメか?
- 葬儀に関して正確な情報を知りたい人
- 事前に葬儀の予備知識を入れておきたい人
- 葬儀業界に興味のある人
- 葬儀業界で働いている人
『遺体と火葬のほんとうの話』のコンセプトがそもそも葬儀の誤解や偏見を無くしていきたいという著者である佐藤信顕さんの信念のもとに書かれていているので、葬儀に関してきちんとした情報が知りたいという方にオススメです。また、この著者はYouTubeで「葬儀・葬式ch」というチャンネル名で配信もされているので、そちらを覗いてみてから興味が出たら読んでみる、という順番でもいいかもしれません。
自分を含めて身近な人の葬儀というのはいつかは関わることになります。この本はさまざまな葬儀の事例も載っているので、そのいつかが訪れる前に予習みたいな感じで読むのもオススメです。
葬儀業界で働く方、興味のある方も見ていて損はないと思います。私自身も葬儀の花屋として花祭壇を作る仕事をしていますが、葬儀屋さんがどんな風に仕事をしているのかや、葬儀屋としての心構え、今まで知らなかった葬儀・火葬に関する知識など、勉強になることが多かったです。同じように葬儀業界で働く方はこの本の現場での実体験をもとにした話はきっと共感できる部分が多いんじゃないかなと思います。
タイトルの”ほんとうの”とは?
この本のタイトルは『遺体と火葬のほんとうの話』です。”ほんとうの”とあえて書いてあるのは、遺体や火葬に関わるたくさんのデマや都市伝説や誤解を著者が実際の葬儀の現場での体験をもとにきちんと正確な情報を伝えたい、という強い思いがあるためです。
その他にも葬儀にまつわる風習や文化、遺体や火葬に関するさまざまな疑問、葬儀や火葬の現場での体験談など多岐にわたって葬儀屋さんの目線から語られています。
どんな内容か?
ここからは具体的に本の内容に入っていきます。
まず、本の目次は次のようになっています。
- 第1章 遺体の話
- 第2章 火葬の話
- 特別対談 葬儀屋 × 元火葬士 「火葬場のほんとうの話」
- 第3章 葬儀の話
- 第4章 心と魂の話
このあと各章の中身に少しずつ触れながら私の感じたことや考えたことも踏まえて紹介していきます。
第1章 遺体の話 今まで語られてこなかった遺体の事実
普通に生活していると、遺体を目にすることはまずありません。著者は序文の中で<遺体や火葬の話というのはとても生々しく、あまり語られることのないままでした>と書いており、そのような事情からか遺体への都市伝説や誤解も多いようです。
内容をちょっとだけ紹介すると、『死体洗いのバイトは本当にあるのか?』や『死ぬと穴からいろいろ出るの?』といった怖いけれど気になる質問に、実際はどうなのかを著者がきちんと現場での経験をもとに答えてくれています。
おもしろいのは、この章の中で警察や病院での遺体の扱い方に対して著者がクレームを入れていて、こんなこと書いて仕事に影響でないのかな?と心配になりました(笑)
ただ、それもすべては遺体や遺族に対してきちんと敬意や誠意を持って接してほしいという著者の気持ちゆえ。このあたりの遺族や故人に徹底的に寄り添う、という一貫した態度に一番感銘を受けました。自分も同じ業界で働いている人間として、本当にこの章だけでも学ぶべき点が多かったです。
第2章 火葬の話 火葬と骨にまつわる多様な風習
この章が個人的にはいちばん知らなかったことが多かったです。というのも葬儀のお花の仕事をしていると、葬儀の設営はもちろん、遺体を目にすることもよくあるのですが、火葬の段階になると花屋はもう関わることがないので、知らないことも多いのです。
恥ずかしい話ですが、『骨を潰すことへの違和感』で説明される西日本と東日本での収骨方法が違うということも初耳でした。そういう地域的な風習の違いは他にもいろいろとあるようです。
その中の一つを紹介すると『骨を食べてしまうほどの愛』という過激なテーマで「骨噛(こつか)み」あるいは「骨食(こつは)み」という風習が日本各地にあるそうです。
これは<亡くなった親しい人の骨を食べることで、これからも故人に見守ってもらいたい、故人の魂や命を引き継ぎたいといった離れ難い愛情を表したもの>としてここでは説明されています。
このことを知らずに実際に骨を手に取って噛む場面に遭遇すれば、きっと驚いてしまいますが、この風習を理解していればその行為もまさに『骨を食べてしまうほどの愛』というタイトルどおりの愛情のように感じます。
特別対談 葬儀屋 × 元火葬士「火葬場のほんとうの話」 火葬士の仕事の知られざる舞台裏
ここは他の章とはテイストがガラッと変わって対談になっています。
棺に入れる副葬品についての話が出てきますが、私も式場やご自宅に花祭壇の施工に行った際に、葬儀屋さんとご葬家さんとの打ち合わせで棺に入れる副葬品について話す場面をよく見ます。
その際にメガネや金属製品は入れられないというのは耳にしていました。金属は溶けるからなのかな、と漠然と思っていたのですが、ここではどういう副葬品がダメで、なぜダメなのかが、実際に火葬する火葬士の目線で語られています。
その内容を本文から一部紹介します。
金属は炎色反応でどんな色になってしまうかわからない
このような理由で、金属の色がお骨についてしまわないように副葬品として棺に入れるのをお断りしているそうです。この他にも副葬品で困った例をいろいろとあげられていて、中にはそんなものまで入れようとする人がいるの!?と驚いてしまうものもありました。
ここでの対談の話題はこの他にも『赤ちゃんのお骨を残すことの難しさ』や『遺体屋としての矜持』など多岐にわたっています。火葬士がどういう仕事しているのかを普段見られない現場から実際に見ているかのような内容になっていました。
第3章 葬儀の話 どうして人は昔から葬儀をするのだろう?
この章は『人はなぜ葬儀をするのか』というタイトルから始まります。まず最初にこのテーマから来るのか、と驚きました。この問いは自分も日々この仕事をしながらどうしても考えてしまうことだからです。
ここでは、
死者がかわいそうで怖いから
葬儀をするのだと書かれています。
ここで言う死者が「怖い」とはどういうことなのでしょうか。ここは個人的にも気になる部分だったので、読むのを中断して考えてしまいました。なんとなく「怖い」というイメージは分かるけれども説明できません。
死者とは死の象徴です。自分の死は、それが訪れるまではもちろん体験することはできません。だから日常ではなかなか死を意識しにくいですし、テレビをつければニュースで日々亡くなる人を見ますが、どこか現実感がありません。
けれども、もし遺体が自分の目の前にあったとしたら、遺体(死者)を通して死が現実にそこにあることを具体的なイメージとして想像してしまうことになるのではないでしょうか。つまりは死を自覚することが怖れを生むのだと思います。
例えば自分が病気であることがわかり余命宣告をされたとすると、その瞬間に死が目の前にあらわれたかのような感じを受けるはずです。この場合は余命宣告がトリガーになっていますが、先程の場合も遺体がトリガーとなって、死を自覚する、あるいは擬似体験しているのだ言えます。
著者は幼い頃に遺体を目の前にした際に感じたことを、次のように述べています。
自分だって、明日心臓が止まって死んでしまうかもしれない。つまり生きていることにも恐怖が内在していることを、死と向き合うことでより強く感じました。
怖れを一人で引き受けることは難しい。大切な人が亡くなって悲しいという気持ちも一人で全て受け止めることも難しい。
だから葬儀という「形」、つまりは風習や慣習が必要なのだと著者は言います。これは「型」や「ガイドライン」と言い換えてもいいかもしれません。それに沿ってみんなで協力してやれば安心だ、というものが葬儀なのだということです。
こうやって考えると葬儀というものは実に機能的だと思います。「形」があれば突然の死にも対応できますし、それぞれの役割や手順が決まっているのでその通りに動けばいい。葬儀は一人ではできないようになっているので喪主一人で故人を孤独に送ることもありません。だから機能面から考えると葬儀が古くからおこなわれてきた理由がわかるのです。
第4章 心と魂の話 何が正しいのかではなくどう信じるか
最後の章では、幽霊、祟り、輪廻など、少しオカルトっぽい話題や宗教色の強い話題も取り上げられています。葬儀屋の仕事をしているとこのような話題に対しても聞かれることがあるようです。私も葬儀の仕事をしていると、〇〇には幽霊が出るとか、〇〇では昔自殺があったとか、その手の噂話はよく耳にします。(私自身は幽霊は見たことがありません。)
こうしたデリケートな質問に対しても、著者は自分の考え方をきちんと述べています。このあたりは一部を紹介するより全文を読んだ方がわかりやすいので、興味のある方はぜひこの本を読んでみてください。
おわりに ”ほんとうの”ことを知ることが、誰かを救うことにもなる
著者は巻末で次のように書いています。
デマや都市伝説が多くの人を傷つけ、火葬や葬儀の仕事に就く、なんの罪もない人の尊厳を損なっていることを私はどうにかしたい
ささいなデマや都市伝説でも一旦それが多くの人に信じられてしまえばその誤解はなかなか解けないものです。
そうした誤解に対して私たちができることの一つは、そこで起こっている”ほんとうの”ことを少しでも知ることだと私もこの本を読んで考えるようになりました。
今回は普段ではなかなか見られない葬儀の世界を描いた本を紹介しました。葬儀と聞くと死を扱うだけに気が進まなく感じる人もいるかもしれませんが、読み始めて見ると、エッセイを読んでるような感じで重苦しくもなく案外スラスラと読めました。葬儀について理解を深めていきたい人はぜひ一度読んでみてください。
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