こんにちは、ぐるりです。
私のお気に入りの本を、植物重視で深掘りしつつ紹介します。
今回は朝顔が堪能できる作品、梶よう子さんの『一朝(いっちょう)の夢』を紹介します。
はじめに
- ネタバレないよう細心の注意を払っていますが、真っ白な状態で読みたいという方はご遠慮ください。
- 植物重視で作品を深掘りしています。今回はひたすら朝顔推しです。
こんな人にオススメ
「植物が好き!」
「朝顔が登場する小説を読みたい」
「『一朝の夢』を読む前知識として、朝顔や時代背景などを知りたい!」
「『一朝の夢』は一度読んだけれど、もっと深掘りして読んでみたい!」
「黄色」の朝顔
黄色の朝顔というのは存在しない色なのですが、江戸時代に作られた植物図譜には菜の花のような黄色い朝顔が咲いたと記録されているそうです。
ただそれも現在では失われてしまっているため、黄色の朝顔は「幻の朝顔」と呼ばれています。
『一朝の夢』の表紙にも描かれているように、物語において重要な花になります。
そして、現在この黄花朝顔の研究がおこなわれているのですが・・・後ほど詳しくお話しします。
『一朝の夢』の簡単なあらすじ
物語の舞台は、江戸時代。
井伊直弼と水戸徳川家の確執が深まり、尊王攘夷の機運が高まっていた頃です。
同時に、朝顔の栽培が流行し珍しい朝顔を生み出すことが競われ、一鉢の朝顔に莫大なお金が動いていた時代でもあります。
主人公の中根興三郎は、普段は無口だけれど朝顔となると話が止まらなくなる大の朝顔好き。
200鉢ほどの朝顔を育て自らも育種をするほどの、本物の朝顔オタクです。
(朝顔が大好きな主人公なんて聞いたことがありませんが、植物好きの読み手としては有難い主人公設定です)
ある日、宋観という茶人に出会ったことで、興三郎は謎の辻斬りをはじめ大きな事件に巻き込まれていきます・・・。
『一朝の夢』の登場人物
『一朝の夢』に登場する人物を簡単な説明付きでまとめました。
- 中根興三郎 奉行所務めの30代独身。朝顔オタク。下男の藤吉と二人暮らし。
- 西沢里恵 飯屋のおかみ。20代後半。元夫が作った借金有り。
- 西沢小太郎 里恵の息子。5歳。
- 藤吉 還暦間近の中根家の下男。常に興三郎の心配をしている。
- 富田屋徳兵 質屋。里恵の飯屋のオーナー。
- 村上伝次郎 奉行所務め。興三郎の同僚。村上登也の父。
- 村上澄也 村上伝次郎の息子。更新会に参加している。
- 松本一悟 興三郎が通う星陵塾の師。
- 三好貫一郎 上州浪人。興三郎と大ケンカの後に仲良くなる。
- 佐久左衛門 雑穀問屋鈴やの番頭。珍奇朝顔に目がない。
- 藤岡屋由蔵 古本屋。情報屋の顔を持つ。
- 成田屋留次郎 植木職人。江戸の朝顔界の精鋭。
- ふじ屋 老舗料理屋。留次郎が花合わせを開いた場所。
- 芳次 留次郎の下で働く植木職人。興三郎のことが気にいらない。
- 杏葉館 江戸朝顔界の重鎮。
- 高木惣左衛門 奉行所与力。興三郎の義弟。連続辻斬りを追っている。
- 鍋島直孝 元北町奉行務め。鍋島家は5千石の旗本。
- 井伊直弼 大老。彦根藩の藩主。
- 更新会 星稜塾の若い者たちが集まる勉強会。攘夷や尊王などを説く。
- 北島静馬 更新会に参加している。
- 木田六郎 更新会に参加している。
- 宋観 茶人。興三郎と黄色の朝顔を約束した。
- 矢田部耕造 武家。鈴やの用心棒。
- 有村次左衛門 謎の人物。
『一朝の夢』の読みどころ
『一朝の夢』の読みどころは、とにかく「朝顔」!
物語の最初から最後まで個性的な朝顔がたくさん出てきます。
さらに登場する人たちも朝顔が好きな人ばかり。
しかも実在の人物が朝顔好きとなると、今まで気にとめていなかった人物も何だか急に親近感がわき、良い人に見えてきたりもして不思議です(笑)
第15回松本清張賞受賞作
選考委員をうならせたというこの作品が、梶よう子さんのデビュー作です。
この時の選考委員は、伊集院静さん、大沢在昌さん、桐野夏生さん、宮部みゆきさん、夢枕獏さんがいらっしゃったようです。
また、この作品は「朝顔同心シリーズ」として、『夢の花、咲く』『菊花の仇討ち』と続編があります。
いずれももちろん植物をテーマにした作品となっており、 「朝顔同心シリーズ」は現時点で3作品でています。個人的に4作品目も是非近いうちに出てほしいと熱望しているところです。
ちなみに、松本清張賞とは、作家の松本清張の業績を記念して1993年に設立された、良質な長編エンターテイメント小説を表彰する文学賞です。
日本文学振興会:松本賞受賞者一覧より参照
幻の黄色の朝顔
『一朝の夢』の中でも憧れの黄花朝顔として登場しますが、やっぱり実物を見てみたい。
というのも、実は2014年についに黄色を再現することに成功しているのです!
冒頭で「失われてしまった」と言ってしまいましたが、正確には「失われていた色」だったんです。
キンギョソウ由来の遺伝子より作られ復活したそうです・・・
難しいことは分かりませんが、とにかく素晴らしい!
諦めずに挑戦し続けてくれた研究者の方々、本当にありがとうございます!(涙)
失われていた色を復活したいという研究者さんたちの熱意に本当に感謝しかありません。
つまり、実際に黄花朝顔に出会えるチャンスはあるということ。
私たちが園芸店でタネを手にするようになるにはもう少し先かもしれませんが、実際に黄色の朝顔を栽培してみたいです!
基礎生物学研究所:「幻のアサガオ」といわれる黄色いアサガオを再現より参照
歴史上の人物・出来事
『一朝の夢』には実在の人物や、歴史上の出来事もたくさん出てきます。
江戸時代には、文化・文政(1804~1830)や嘉永・安政(1848~1860年)にかけて、大きな朝顔ブームが2度ありました。
当時、朝顔栽培の熱が高まり「朝顔師」という専門の職業もあったとか。
『一朝の夢』に登場した植木職人の成田屋留次郎さんは実在の人物で、有名な朝顔師の一人です。
成田屋留次郎さんは朝顔についての書籍も残されています。
1854年(嘉永7年)に出版した朝顔図譜『三都一朝』は、 変化朝顔の木版図譜で、江戸・大阪・京都の三都の地域で作られた珍しい朝顔を編集したものです。
また、物語に登場する実在の人物は成田屋留次郎さんだけではありません。
朝顔栽培がブームとなったのは、佐賀藩主の五男・鍋島直孝さんの存在も大きかったと言われています!
このように実際の朝顔史と『一朝の夢』の物語の流れが緻密に繋がっていくのです。
関連年表
『一朝の夢』に関係する歴史上の出来事などの年表をまとめてみました。
- 1709年(宝永7年) 貝原益軒著『大和草本』出版
- 1828年(文政11年) 岩崎灌園著『草本図譜』出版
- 1854年(嘉永7年) 成田屋留次郎著 朝顔図譜『三都一朝』出版
- 1855年(安政2年) 安政江戸地震
- 1858年(安政5年) 日米修好通商条約
- 1860年(安政7年) 桜田門外の変
物語で起きる事件の端々に朝顔が登場し、興三郎の予期せぬうちに事件に巻き込まれていきます。
江戸時代には変化朝顔に情熱をかける人がたくさんいたわけですから、実際にも歴史上の出来事の裏側で朝顔が人と人を繋いでいたり、もしかしたら時代を動かしたということもあったりするのかな!?と思うと、大きな浪漫を感じてしまいます。
『一朝の夢』に登場する朝顔
本当にたくさんのユニークな朝顔たちが登場します。
朝顔の種類
『一朝の夢』に登場し活躍した朝顔たちをまとめてみました。
- 「青南天捻変葉紅地柿刷毛目絞車牡丹度咲(あおなんてんよれかわりはべにじかきはけめしぼりくるまぼたんどざき)」 留次郎が作った朝顔
- 「団十郎」 留次郎が作った柿色の丸咲き朝顔
- 「大輪極黄采(だいりんごくきざい)」 興三郎が書籍で初めて見た黄色朝顔
- 「柳葉采咲撫子(やなぎはさいさきなでしこ)」 興三郎が里恵に渡した朝顔
- 「竜ノ眉縮緬牡丹度咲(りゅうのまゆちりめんぼたんどざき)」 芳次が仕立てた朝顔
- 「紅曜白花(べにようじろばな)」 興三郎が村上伝次郎へのお見舞いに持って行った朝顔
- 「並葉丸咲牡丹(なみはまるざきぼたん)」 興三郎が宋観と話していた時に出た朝顔
- 「せみ葉大輪」 洲浜葉ととんぼ葉の交雑種
- 「一期一会」 大輪の黄花朝顔
朝顔の咲き方
『一朝の夢』には普段見ないような咲き方をする朝顔がたくさん登場します。
中には本当に朝顔なの!?というものも。ユニークな花を楽しむのも変化朝顔の見どころの一つ。
変化朝顔とは、異なる花の色や形、異なる葉の模様や形などを持つ朝顔のことです。
花びらが八重のもの、糸状のもの、斑入りのものなど個性的な朝顔がたくさんあります。
ここでは『一朝の夢』に登場する一部の朝顔を紹介します。
下記イラストの花の色と、小説に登場する花の色は異なりますのでご参考までにご覧ください。
参考:『変化朝顔図鑑: アサガオとは思えない珍花奇葉の世界』仁田坂英二著
名前だけではイメージできない花の形もあるかと思います。
実際の咲き方を知ると、朝顔がもっと魅力的に感じますよね!
朝顔の花言葉
「儚(はかな)い恋」
花言葉自体は物語には出て来ませんが・・・
朝顔の花言葉も『 一朝の夢』にリンクしているように感じてしまいます。
とても切なくなってしまいます。
朝顔の花言葉をもっと詳しく知りたい方はこちら!
おわりに
時代小説と合わせて、朝顔がたーーーっぷり堪能できる作品です。
史実と物語が絡み合い、そしてその時代背景には園芸ブームで朝顔がもっとも熱い時。
主人公は無類の朝顔好き。心躍る設定です。
時代小説だから結末は分かっている、歴史の教科書で習った。でも、どうなるんだと息を飲む展開が続くのです。
『一朝の夢』と朝顔の世界にどっぷりと浸って読書を楽しみましょう!
植物が登場するおすすめ小説
『一朝の夢』以外にも、植物が登場するおすすめの小説があります。
良かったらこちらもチェックしてみてくださいね。
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